
かつては世界第3位の自殺大国が取り組んだ、世界最初の「予防プロジェクト」に迫る。

フィンランド人との会話でタブーとされているテーマが3つある。政治、宗教、そして自殺だ。
フィンランド人の口から「自殺」という言葉を聞くことはほとんどない。フィンランドでは、家族や親戚に自殺者が一人か二人はいるという家庭が少なくないという。フィンランド人にとって「自殺」は対岸の火事ではない。ごく身近な出来事であり、だからこそあまり口にしたくない言葉なのだろう。
20世紀、フィンランドは自殺率が世界でもっとも高い国のうちの一つに数えられていた。産業化と都市化が進んだ1965〜90年までの25年間で、フィンランドの自殺率は3倍に膨れあがった。地理的に極地にあるため冬が長く、太陽を見る機会が少ないことや、人口密度が低く市民同士の交流が少ないため、孤独感を感じやすいことなどが理由として挙げられていた。そのほか、周辺の列強諸国による政治的介入やたびたび陥(おちい)った経済危機なども自殺率が高い要因として考えられていたが、明確な原因を特定できる人は誰もいなかった。
右肩上がりの自殺率に危機感を覚えたフィンランド政府は86年、世界初となる国家主導の「自殺予防プロジェクト」を発足させた。自殺をたんに精神医学的な問題として捉えるのではなく、労働人口減少や国際的な競争力低下をもたらす要因として認識しはじめたからだ。
プロジェクトの第一段階として、1337人の自殺者を詳細に分析する「心理学的解剖(=自殺前の行動、周辺人物への綿密なインタビューなどを通じて原因を探る作業)」を実施。社会環境・経済状況・プライベートなどの問題がどのように自殺へとつながるのか把握してこそ、総合的な自殺予防対策を立てることができると判断したからだ。86年から92年まで、学校・病院・社会福祉機関・軍隊・教会といった各界各層から5万人の専門家が動員され、自殺者に対する心理学的解剖が実施された。
その結果をもとに、フィンランド政府は自殺の原因を類型別に分類し、自殺予防プログラムを作成。その後4年にわたってこのプログラムは国内全域で実施された。プログラムの狙いは、自殺する可能性のある人を早期に見つけ出し、迅速かつ適切なカウンセリングを施すことだ。
心理学的解剖により、自殺者の3人に2人が生前にうつ病を患(わずら)っていたことが判明した。しかし病院の診断記録によると、その15%しか抗うつ治療を受けておらず、他の多くは自分がうつ病を患っているという自覚がないまま、あるいは自覚しつつも適切な治療を受けないまま死に至っていることもわかった。
この問題を解決するため、フィンランド政府は保健所や病院に通う精神科以外の一般外来患者にもうつ病検査を実施。うつの兆候や自殺願望の有無を血圧や血糖値の検査と同じように周期的にチェックすることによって、潜在的なうつ病患者の早期発見を可能にするためだ。
また、自殺する人たちの大半が、自殺前に家族や親戚たちに何らかのシグナルやメッセージを発していることもわかった。プロジェクト責任者のマイラ・ウハンヌ博士は、「もし周囲の人たちがそのようなシグナルを察知してあげることができれば、未然に自殺をふせぐこともできるはずだ」と話す。
これらのプロセスを経て、プロジェクトはカウンセリングと投薬治療を併行して行う第二段階へと移行した。その結果、たとえカウンセリングが受けられなくても、投薬治療だけでかなりの効果があったという。
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